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仙台地方裁判所 昭和29年(ワ)80号 判決

原告 武田信義 外一名

被告 木村吉五郎 外一名

主文

被告等は各自原告等に対し金三十一万円及びこれに対する昭和二十九年二月二十日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告等その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

此の判決は原告等勝訴の部分に限り原告等において各被告に対し金十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。但し被告等において各原告に対し金十万円の担保を供するときは仮執行を免れることができる。

事  実〈省略〉

理由

一、不法行為の成否

よつて先づ不法行為の成否について按ずるに、被告石川が原告等主張の業務を営む被告木村の被用者としてその主張の業務に従事していたこと、被告石川の運転にかかる貨物自動車が原告等主張の日時場所で訴外武田洋子に衝突しその結果同児が死亡するに致つたこと、衝突当時現場には仙台行大型バスが停車中であつたこと等は何れも当事者間に争がない。

そして成立に争いがない甲第一号証の一ないし十、原告武田信義の供述を綜合すれば本件事故の現場は、国鉄東北本線岩沼駅を去ること南方約一・二粁、宮城県名取郡岩沼町字町一番地前直線国道(その幅員六・〇七米、全幅員コンクリートによる舖装)で、北は館腰村増田町を経て仙台市に、又、南は岩沼町を経て福島市に各通じ南方数百米から見通すことができ、なお両側に商店が櫛比していること、衝突直前本件現場に停車中の大型バスから乗客約二十名下車し、これと入れ替りに乗客十四、五名が同バスに乗車しようとしていたことを認めることができ、被告等の全立証を以てしても右認定を覆すことができない。そして以上のように比較的狭隘な道路を進行する自動車の運転手は前方停留所に大型バスが停車し多数の乗降客が雑踏している場合には同バス左側又は前方の乗降客が後方から自動車が進行して来るのに気付かずバスの前方を横切り、道路の右側に赴こうとすることが必しも稀ではないから、自動車運転手たる者は絶えずバスの前後左右を凝視し、乗降客の有無、通行人の動静に相当注意を払い、突如バスの前面を左方から右方に横切ろうとする通行人が現れても急停車することができるよう速度を適宜調節して進行するとともに、他方バスの乗降客にバスの後方から自動車が進行して来、バスの前面を通過して道路を横断することが如何に危険であるかを察知させ、かような行動に出ないようにさせるため絶えず警笛を鳴らし、よつて以て事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるものといわなければならない。然るに前掲甲号各証及び供述を綜合すれば被告石川は被告木村所有の貨物自動車(宮第一-二三五一号一九五二年式FX型トヨタ普通四輪貨物自動車)を操縦運転して時速約十五粁で右国道を南から北に進行中本件現場の南方約一一〇米の地点から前方道路の左側に前示大型バスが停車していることを認めながら前示義務を怠り、速度を殆んど調節せずそのまま右停留所を通過しても何等危険がないものと速断し、全然警笛を鳴らさず漫然右バスを追越し、その結果右バスから下車してバスの前方を道路の右方に横断しようとしていた武田洋子に右貨物自動車の左側部を衝突させ、同児を路上に転倒させ、よつて同児をして頭部打撲に基く頭蓋内出血により同日午前十一時頃死亡するに致らせたことを肯認するに十分であつて、右認定を動揺させるに足る証拠は一も存しない。そして前掲証拠によれば被告石川は昭和二十七年十二月二十五日被告木村の営業上の被用者として前示貨物自動車に烏賊を満載して福島市に到り取引先にこれを引き渡し、翌二十六日該自動車に空魚箱七十箱を積み、肩書被告木村方への帰途本件事故を惹き起こしたことを認めるに足り、右認定を左右するに足る証憑は全然存しないから、右事故は被告木村の事業の執行について発生したものと観なければならない。

さすれば前示災禍は専ら被告石川のいわゆる抽象的過失に基因するものというべく、同被告は民法第七百九条、第七百十一条により又その使用者たる被告木村は同法第七百十五条第一項本文によりいずれも原告等に対し、原告等が右事故により被つた有形無形の損害を賠償する責に任じなければならない。

原告等は被告等の本件賠償義務は連帯債務である旨主張するけれども、民法第七百十五条による使用者の責任はいわゆる全部義務ではあるが、被用者との連帯債務ではないものと解するを相当とするから、原告等の見解は正当ではない。従つてこの部分についての原告等の請求は失当として排斥を免れない。

二、損害額

(一)  次に慰藉料額如何について一考するに、原告等の親子兄妹関係及び職業、資産関係が原告等主張のとおりであることは当事者間に争いがなく、前顕各証拠および被告木村吉五郎本人尋問の結果を綜合すれば洋子は昭和二十年三月十八日原告等夫婦の間に出生、原告等は洋子以外に長男義昭があるに過ぎず従つて洋子を愛すること限りなくその成長を楽しみにしていたこと、而も洋子は本件事故発生当時小学校第二学年在学中で身体健康、入学以来一日も欠席したことがなく、資性従順素直、頭脳明晰、成績亦上の部であつたから、原告等の同児に対する期待洵に甚大なものがあつたこと及び本件事故発生当日原告等が、洋子に仙台市のクリスマス装飾を見物させたいと思い、原告信義が同児及び義昭を伴い仙台市に向う途中たまたま眼の当たり本件危禍に遭遇したもので、原告等両親の同児に対する愛惜憐憫の情真に遣る方なきものがあること、被告木村は同二十九年十二月七日その居宅及び加工場を焼失したが、その保険金百三十万円を入手し、これを以て家屋を新築居住し、なお宅地七十七坪をも所有する他本件事故発生後同二十九年九月自家用トラツク一台を新調し、前示事業を営んでいること、被告木村、石川および訴外自家用自動車業組合は原告等に対し合計金二千円の見舞金を交付したこと、被告木村は多年水産物加工販売業を営んでいるが、幼少の子供等家族十一名を擁し、家計、営業費相当嵩み、生活必しも裕富でないこと、被告石川は本件事故を惹起したため職を失い目下住居不定の状態にあること等を認めることができ右認定を覆すに足る証拠は更に存しない。

そこで、これらの事情その他諸般の事情を斟酌勘案するときは原告等は被告等各自に対し慰藉料として金二十五万円の支払を請求する権利を有するけれども、その余の権利を有しないものと認めるを相当とする。

(二)  積極的損害

次に積極的損害額如何について按ずるに、原告武田信義本人尋問の結果によれば、原告等は本件事故により該事故発生当時少くとも加療費金五千円、葬儀料(造花、棺桶、供物購入代金を含む)金五万五千円合計金六万円を支弁したことを認めるに足り、右認定を覆しうる証拠は全然存しないから、これらの失費も亦固より叙上被告石川の過失により原告等の被つた損害に外ならない。さすれば被告等は各自原告等に対し右金六万円を支払わねばならないことは当然である。

三、結語

果して然らば被告等は各自原告等に対し以上有形無形の損害額合計金三十一万円およびこれに対する本件訴状が被告等に送達された日の翌日であることが記録上明白な昭和二十九年二月二十日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を有するが、その余の責に任じないものといわなければならない。

よつて原告等の本訴請求は以上の限度においてその理由があり、その余の部分は失当と認め、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条、仮執行の宣言、同免脱の宣言について同法第百九十六条を各適用して主文のように判決する。

(裁判官 中川毅)

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